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カーマ・スートラは、性愛の指南書です。古代インド人の人生観に基づいて発展した性学では、人が性感をいかにして最もよく満足せしめるかの方法を教えることを、その主な目的としていました。
カーマ・スートラは、ナーガラカ(都人士＝とじんし)に、性愛の技巧を教え恋の喜びの手段を示すことを目的とし、それまで多くあった、部門別の性学の論典を、全体を圧縮して簡便な一篇の性愛の教科書として、マッラナーガ・ヴァーツヤーヤナによって篇述されたものです。
ナーガラカとは、都会に住んでいる人という意味で、カーマ・スートラにおいては、財を成し裕福に生活する教養のある男性、洗練された情事ができる粋人、とされています。
イメージとしては、裕福であり、教養を具えていて、伊達男で粋人。衣装や装飾品や化粧に気を遣い、毎日入浴して香油を塗り香水を振りかけている。音楽や書物の愛好家でもある。豪邸に住んでいて、贅沢なベッドがある。時には、遊女を連れて遊苑に遊び、音楽会や舞踏会や芝居見物にも好んで出かける。会合や酒宴は度々。彼らは、上品や優雅を求めていました。
彼らにとって、遊女、特に高い教養と優れた趣味を持っている遊女の最高位とされる「ガニカー」は、ナーガラカに欠くべからざる存在でした。ガニカーは、六十四芸に通じていたとされ、彼女らの修養は、唱歌、奏楽、絵画、話術はもちろん、文法学、倫理学、哲学までに及んだといわれています。
ガニカーが当時の社交界に果たした役割は大きいものがあり、また、ナーガラカが自らの妻からは到底期待し得ない喜びと楽しみを彼らに与えていました。
当時のインドは、商業や貿易の発達により、都市が繁栄し、莫大な富が蓄積され、豪奢な生活ができる裕福な人々が、文芸や音楽などの芸術をたしなみ、カーマ・スートラの教えに従い、性的秘技を楽しんでいたことでしょう。
カーマ・スートラを生み出した世界は、快楽の価値を非難し斥ける仏教の厭世主義が衰えて、快楽の享受を正当とするシヴァ神およびヴィシュヌ神の信仰に譲歩した世界です。インドの王家からは、アショーカ王の仏教的倫理感に基づく精神は完全に失われ、王廷は、上品さのある娯楽のみを追求していました。
彼らの興味は人生の快楽に集中され、王侯は大臣らに国政を任せ、限りない暇を音楽や舞踏などあらゆる娯楽を追求しました。国政を委ねられた大臣たちも、王侯の真似をして、娯楽に興じていました。
王侯貴族の生活態度は、裕福な臣下の真似るところでありました。カーマ・スートラの環境も、これと同様、ナーガラカの生活は、娯楽と情事の交錯でした。彼らに要求されるものは、上品であり、美しさであり、また贅沢であり、しかも、それらは、十分に満たされていました。そして、彼らにとって、恋愛は、極めて重要なテーマでした。
しかしながら実態は、自由で独立した男女の間は、ロマンチックな愛情ではなく、情事であり、恋の駆け引きでした。カーマ・スートラは、このような事情を反映して、裕福な都会人に対して、性愛の技巧を教え恋の喜びの手段を示すことを目的とし、性愛の教科書として、篇述されました。
人は、人生の時期を区分して、人生の三目的を、順次に継続して、しかも、相互に侵害することなく遂行すべきであるとされました。少年時代においては、知識の習得などの諸々のアルタを修め、青年時代はカーマに、老年においてはダルマと解脱とに専念すべきである、とされました。
五感の活動がカーマ（愛）であり、性交という男女の特殊な接触の結果、快楽を伴う効果的な快感の感受がカーマである、とされました。人は、それをカーマ・スートラから、また、ナーガラカとの交際によって習得すべきである、とされました。
カーマ・スートラの著者であるヴァーツヤーヤナは、「カーマは、男女の性交から成り立つものであり、これには補助手段が必要で、この補助手段がカーマ・スートラである」と述べています。彼は、発情期に行われる動物の性交は本能であり、無思慮に行われているが、人は、動物と違って補助手段が必要である、とも述べています。
カーマ・スートラは、男性だけでなく、女性も学ぶべきだとされています。既婚女性だけでなく、思春期以前の女性も。実際に、ガニカー（遊女、娼婦）、王女や高官の娘も、性愛に関する論典を学んでいたそうです。
そして、女性は、性愛の技巧や論典などを、深く信頼した人から密かに学んでいました。娘の師たるべき者は、ともに育てられた乳姉妹で既に男と性交をした経験のある者、心安く語り合える友人で既に男と性交をした経験のある者、母方の伯母叔母、性交経験のある尼僧、などが最適であるとされています。
カーマ・スートラは、性愛の技巧等について、性交篇、処女との交渉篇、妻女篇、人妻篇、遊女篇、秘法篇で、記述しています。
次回は、カーマ・スートラの赤裸々な性行為について、書いてみたいと思います。
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