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祭りの夜は、善男善女がお堂に集まって雑魚寝(ざこね)をするという風習もありました。独身の男女だけでなく既婚の夫婦が参加することもあったといいます。
歌垣における乱交とは、見知らぬ男女が関係することを意味しており、同じ場所に複数のカップルが存在し得ますが、入り乱れての関係ではありませんでした。一方雑魚寝は、一つの狭い空間で複数の男女が関係することが想像され、一人の男性あるいは女性が別の異性と次々に関係していくことが想像されます。
秋に行われる市の期間中は、雑魚寝が行われ、「男女が知る、知らずを問わず、行き合いては即交接する。処女はもとより人の妻といへども交接するに、その夫たるものこれを咎むることなし」と記載された文献もあります。この市は、本来は歌垣を意味する「かがい市」と呼ばれていましたが、いつしか、方言で女性と交わるという意味の言葉である「かたげ市」と呼ばれるようになったといいます。
ある村では、祭りは、未婚の若い男女が盛装し、草刈り籠を背負って山に行き、終日歌い踊って、男女の縁が結ばれる機会となっていました。この日に夫婦約束できなかった適齢期の娘は村人の笑い者となるので、父兄は密かに山行きの前に婚約をさせるのだとか。
歌垣は、踏歌という宮中のセレモニーに変質して、歌の部分が強調されて性的な部分が失われていきました。庶民の間でも、歌の部分が強調されたものと、歌の部分が省略されて性的な部分のみとなったものに、分化していきました。
歌の要素が強調された形として、念仏踊りや民俗芸能となり、大衆化して盆踊りへと発展していきました。歌垣から歌が省略されたら残るのは性的な関係のみであり、これが雑魚寝という形で祭りや行事の中に浸透していきました。
祭りは、五穀豊穣を祈願するものですが、性的な匂いも漂っています。豊作を願って稲の実りを男女の関係や男性器と女性器の交わりに見立てた踊りが行われるようになり、次第にその部分が強調されて、巨大な男根や女陰が登場するようになりました。愛知県小牧市の田縣神社は有名です。
村の生活の基本はすべて若い男性(若者組)が中心となって行われていました。特に祭礼の世話役は、若者組の重要な役目でした。若者組に加入した男性は、結婚で抜けるまで寝泊まりは若者宿で、先輩から村の掟や性のことまで指導を受けていました。若い女性についても、娘組や娘宿という仕組みが構築されていきました。
自立的な村落共同体を作り上げた若者組と彼らに憧れた女性との結びつきの場として、夜這いや雑魚寝という風習が活用されてきました。
雑魚寝は、祭礼の夜に神社の拝殿やお堂に男女が籠もって、次々に関係を持つという風習です。民俗学の書籍には、全国の雑魚寝の風習について書かれたものがあります。
ある村の神社では、盆の16日に若い男女が一晩中この宮の拝殿に籠もって、笛や太鼓を鳴らしながら踊ったといいます。親たちはこの期間は神社のある山には登れない決まりがあったことから、この神社は若者たちの乱交の場であったといわれています。
多数の男性と交わった結果、最終的にどの男性を選ぼうか迷った女性が、帯に男性の名を記して神前に供えると、そのうちの一つが裏返り、その帯に記された男性を夫と定めるという神事があるそうです。これは、一度に複数の男性と交わる雑魚寝の結果であると想像されています。
「一夜ぼぼ」という風習は、旧暦の4月22日の夜に寺のお堂に集まった男女は、誰と交わってもよいというものです。男性は女性の肩に手をかけ、女性は男性の手を握って、相手が振り離さなければそれで約束ができたというものです。女性は綺麗に着飾って、男性の手を握って、山の中に入って関係を持ったそうです。これは、良い子種をもらうためだと言われていて、その夜に限られていました。この時に孕んだ子は、父なし子でも大事に育てられたということです。
ある村では、村中の縁遠い女性と嫁の来手のない男性が、年越しの夜に雑魚寝堂に籠もって、そこで契った者は夫婦となるという風習があったそうです。
文献では「大原の雑魚寝」は有名ですが、1200年頃の現場の様子を記した資料はまだ発見されていないようです。約500年後の1682年に出版された井原西鶴の「好色一代男」の中に、大原の雑魚寝をテーマにした「一夜の枕物ぐるひ」という一節があります。小説ですからそっくり事実という訳ではないですが、想像する手がかりになるでしょう。
主人公の世之介は、年末の借金取りから逃れた正月二日、鞍馬寺に詣って、帰り際に「大原の里のざこね」を思いだし、友人を誘って出かけるというストーリーです。
大原の里のざこ寝では、庄屋の内儀・娘・下女に限らず、老若のわかちもなく、神前の拝殿に、土地の慣わしで、淫らなままで雑魚寝して、この一夜は何をしても許されるからと言って出かけ、闇夜に紛れて中の様子を窺うと、あどけない姿で逃げ回っている娘や、女から挑んでいる姿があったり、一人の女を男二人で奪い合ったりして、仕舞いには無茶苦茶に入り乱れて、賑やかなりし老若男女の交歓の世界であった、と描写されています。
次回は、若い男女の交歓の場であった夜這いについて、書いてみたいと思います。